あけまして新年おめでとうございます。昨年は八十八歳の誕生日を迎えていよいよ白寿の峰を眺めながら卒寿の坂を上り始めることになりました。会う人たちには今は百歳時代なのだからまだまだ頑張るように励まされたりしています。
杖つきて米寿の峰を踏みゆけば遥か白寿の峰もチラホラ
と自分の今の想いを短歌に詠んでみました。高齢になっても余り人の世話にならないで自分なりに生きられることは本当に至福のいたりであります。これから寒さが厳しくなる今年の冬も何とか乗り越えて花々が咲き誇る春を早く迎えたい思いでなりません。
ところでいつかの田舎便りで語ったことがありますが、健康のためにも米を中心とした食の有り方が世界的にも見直されてきているような事を書きました。わたしが高齢になっても健康で生きて居られるのも食べ物によるところが大きいと思っています、私の親が常に言っておられたことは、ご飯と一緒に旬の物を食べる事が非常に大切だと言って居られました。中国の医学の巨匠であった、張元素の言葉に、穀物を食べて案じている者は栄え、穀物を絶つ者は亡ぶ、と言う言葉を残されています、孔子もまた人間は穀物を主となす、と言って居られます事からも分かるように、医療技術が発達しなかった昔は穀物が健康にとっていかに大切な食べ物であったかが伺い知ることが出来るのではないでしょうか。
そこでわたしは、明治のころに食養医学として有名な石塚左玄と言う人の著書を読んでみました。日本の戦国時代に於いても色々な例を示されてやっぱり穀物をしっかり食べていた人の方が強かったとも言っています。
また、この時代には身土不二と言う考え方の農業文化が盛んになったようです。つまり今でいう地産地消です、同じ地域で取れた作物を食べるのが健康にとって一番大切だと言う事です。わたしがこうして昔の人たちの食べ物の話を大切に思う事は、最近若い世代の人たちが癌や脳梗塞などに悩まされている人が余りにも多いからです。食べ物は自分で料理して食べるのが普通のような気がしていましたが、最近はコンビニ店などで食べ物を買って子どもたちに与えている姿をよく見かけます。これでは地産地消が教える食文化ではなく食べ物なら何でもよいことを子供たちに教えているような気がしてなりません。
温故知新と言う言葉がありますが、今ここに来て先人たちが人の健康について編み出したいろいろな体験にも触れてみることが、今らしく新しい食文化を編み出す事か出来るのではないかと思ったりしています。すでに私らの野出島地域では地域で生産された産物を使って地域にある神宮寺の客殿などを使って子ども食堂を始められています。そして学校給食にも地元産を提供する運動が広がって来ていることは、時代に沿った食文化を発信する面でも大変うれしい事だと思っています。
